2009年03月26日

醒めし日に

蒼き日の
 熱き息吹の
  醒めし日に
 それ故にして
  また見ゆるものあり


 先日、久しぶりの東京出張。
 母校の近くでの会議だったので久しぶりに大学を覗いてみた。たまたま、卒業式だったので、卒業生の父母にまじって、卒業式を観覧した。

 自分たちが学生だった頃と比べると、学生運動のビラや立て看板のない、妙にすっきりしたキャンパス。かつては日本の学生運動の象徴だった講堂での、平和な卒業式。
 なんか、違和感を感じてしまう。

 総長の告辞,社会派の難しい話しだったけど、正直ちょっぴり感動。
 私が卒業生だった若い頃には、このような話しは理解できなかっただろうなあと思う。
 そう思うと、妙に幼く見える今日の卒業生たちが真剣に総長の話を聞いている姿を見て、もし本当にこの話を理解しているのなら、若くして老成してしまった彼らを心配すると同時に、その聡明な頭脳に嫉妬を覚えたのもまた事実である。
 
 
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2008年09月01日

いつか成りまじ

お魚も
 お野菜なくとも
  仲の良い
 そんな夫婦に
  いつか成りまじ

(お魚さんやお野菜のことは、こちらの記事で読んでみてください(*1*2)。ちなみに「お魚さん」とは私たち夫婦の間では顔射のことを、なぜかこう呼んでます)


 先日エッチの後、妻が自分が死んだ後のことを話していたのをきっかけに、いろいろと自分なりに考えさせられた。
 
 そのとき妻が話してた内容は、「化けてでて、新しい奥さんに顔射や口射のことを教えてあげるね」とか、「でも顔の上に奥さんを座らせるのだけはやめてね」とか、信じられないような痴話ばなしであった。

 でもよくよく考えてみると、若い頃と違ってギラギラと性欲を燃やしてお顔に掛けたりお口に出したりしてるわけでもない。
 また、妻にしても下の口でお野菜の味の違いが判るとは思えないし、ましてや下のお口で食べた後の物も、その後料理されて私の口に入ってる可能性だってある。
 冷静に考えたら、何でこんな事してるんだろうなあという気にならなくもない。

 この歳になると、ちょっと変わったエッチができるとか、逝かせ方が巧くて気持ちいいとか、本当はそんなことはあまり重要ではない (ちょっとは大事だけど、、、、)
 ギンギンの性欲を満足させるためでもないし、今更夫婦間でのエッチでその都度愛情を確かめるっていうほど新鮮でもこまめでもない。

 しいて言えば、信頼感の醸成というか確認というかそんな感じです。
 まじめな自分もどうしようもなくだらしない自分も、人間としての自分も獣に戻った自分も、そんなすべてをさらけ出すことが、互いに相手を信頼している表現と、信頼して欲しいという願いを表わしている。そんな感じなんです。

 だから万々々一、妻が死んで新しい奥さんをもらったとしても、顔面試乗位はもちろん顔射や口射もできないような気がする。
 若い頃のギラギラとして性欲と好奇心で始めたそれらの行為が、今、大人の夫婦として全く違った意味を持ってきている。
 今更、新しい奥さんとそれをやりなさい、と言われても、きっかけとなる若いどう猛な性欲はないし、仮にあったとしても、それを今のように昇華させるにはたぶん時間が足らないだろう。

 他人からみれば、四十越えた夫婦が顔射や口射やましてや顔面騎乗などよくやるなあ、とあきれられてるかもしれないけど、それら色々な事が私たちにとっては、大切な意味を持っているんだなあと思う。

 歳をとったらエッチなことなんかなにもせずとも手を繋ぐだけで分かり合える夫婦に成れれば、なんて思ってるんだけど、たぶん現実には、いつまでもエロエロな事をアホみたいにやってるかもしれない、そんな気がしています  (でも勃ちはしないかも、、、)
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2007年11月07日

唇守る

想い秘め
 唇守る
  娼婦似て
 咥え赦すは
  君一人かな

 この記事の続きです。読んでない方は、こちらからどうぞ。

 「先に死んでよ」っとは、そこまで言うか!という感じだし、なんか縛られてる感じもするが、あの世に行っても妻が私と一緒になりたいということ自体は、やはり悪い気はしない。エロさ加減に愛想を尽かされてるかと心配していたが、、、。

 「あの世でも一緒になりたいけど私が行くまでは浮気してもいいわ」という妻に、ちょっぴり遠慮して、

 「お前が来るまでは他の若い娘とエッチはするけど、お前のためにチ○ポは咥えさせないようにしておいて上げるよ」と私。

 「キャッハッハ、無理無理。そんなのは、あなたにとっておかずのないご飯みたいなものだから、絶対我慢できないわよ!でも、お顔に掛けるのと、ゴックンと飲ますのはやめたほうがいいわよ!変態だって思われるから。

 「それと、この世の奥さんはこんなことやってたんだなんて思われると私が恥ずかしいから、お顔の上に若い子を座らせるのはやめてね。」



 「・・・・・・・・・・」。次から次へと、よく注文が言えるものだ。感心する。



 でも、現実にはこんな会話で、夫婦の約束事が決まっていく。

 要するに、私があの世に行ったら、妻が来るまでの間は、他の子とエッチしたりフェラさせたりするのはいいが、精飲、顔射は駄目らしい。
 まあ妻以外の女性に顔の上に座られるのは私も気持ち悪いから、顔面騎乗位をやめるのはやぶさかではないが、、、、。

 でも、話の発端は「あの世でも妻以外の女性には咥えさせない」と言った私の言葉から進んだ話であるものの、こうやって決まってみるとちょっと私に厳しめの契約のような気がしないではない。

 どうやら私の貞操観念は、愛する人のために唇だけは守った、昔の娼婦のそれにも及ばないみたいである。
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2007年10月13日

怖いから

怖いから
 先に行って待っててヨ
  浮気してても
   いいからさぁ

 まだまだ日本人の平均寿命にはほど遠い私たちだけど、たまに年かさのさほど違わない友人とか近しい方がなくなることがある。

 信心深い宗教心とか確固たる死生観などは持ち得ていない私たちであるが、そんなときにはやはり考えさせられることが多い。
 でも、亡くなった方には申し訳ないが、そのことについて妻と二人で話していていると、だんだんと暗くなってしまう。

 そんなときはどちらともなく、「やっぱり、生きてる間にやりたいことをしないとネ!!」という一言で重苦しい雰囲気を切る。

 「もし私が軽自動車で我慢してて、車が来た翌日に私が死んだとしたら、どう思う?
『一日でもいい。本当に乗りたい車を買って乗せてやったらよかった』ってあなた一生後悔したよ。
 たった100万円の追加でそんな後悔をしなくて済んだんだし、エッチも20回も余分にできるんだから、あなたは本当に幸せ者よっ!」




 「??????・・・・・・・・・・・・・・・・・・????」屁理屈もココまで来るとは、才能かな!!



 「でもね。やっぱ、死ぬのは怖いから、あなたが先に死んで待っててよオ!!
あなたはエッチなしではやってけないから、、、仕方ない、私が行くまでは浮気しても許してあげることにするからさぁ。
そのかわり私が行ったら、ちゃんと迎えにきてよお。すぐに来てくれないと、エロエロはしてあげないよっ!!」



 死んであの世に行って、他の女の子とエッチするのを浮気というのかなあ??????



 まあ、世の中には「夫が死んでくれたらセイセイする」なんていう女性もいるようだから、それに比べたら、うれしいような、でもやっぱり首輪を付けられてヒモでくくられてるような、ちょっと複雑な心境です。
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2007年09月21日

入社試験

碧き仔の
 一重なき差に
  わななきつ
 ×(バツ)書く筆の
  重き音なひ


 エロな歌でなくてすみません。今日はまじめな話。


 毎年9月16日は、高卒新卒者の入社試験の解禁日。今年は曜日の関係で18日が実質解禁日。
 私の勤める会社でも入社試験を行った。新しい出会いにワクワクもし、選別するという行為に厳しさを感じる日でもある。

 高卒の方は、本社ではなくブロック単位での採用となるため、受ける方はエラい迷惑かもしれないが、私のようなエロおじさんが面談を行い採用の可否を決定するのである。
 言い換えれば将来ある若者の一生を方向付けるかもしれない生殺与奪の決定権を与えられる日とも言える。


 学校の成績・部活の状況、一般常識・心理テスト等の結果も参考にはするものの、そんなもので社会を生き抜く力を見抜くことはできない。したがって、面接重視とならざるを得ない。
 「釣書ではなく会ってからのフィーリングが大事」という見合いと同じかもしれないが、差が紙一重ない者たちを○と×で峻別することに毎年ながら畏怖の念を覚える。


 そして毎年今の時期。昨年行った入社試験のエントリーシートを引っ張り出して、入った子を見ては「この子でよかったのだろうか」、落とした子を見ては「今頃何してるのだろうか」、などと思ってしまう。
 来年の今頃、今年のエントリーシートを眺めて、今日の判断でよかったんだと思いたいものである。


PS:毎年、面接をする子達の年かさが、自分の子供の年齢に近づいてくるため、つい比べてしまう。
   うちの子は、こんなに立派に受け答えできるのだろうか、できないだろうなあ・・・・・。
   なんか、若者たちに厳しい社会になりすぎているような気もする。

 
  

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2006年12月30日

穴埋め問題

 今年ももう少しで終わる。年を重ねるごとに一年が過ぎるのが早くなるような気がして、すこし焦ってしまうことも・・・。

 今年は、大きな病気をしてしまい仕事を続けられるだろうかと真剣に悩んでいた一昨年や、無事復帰は果たしたものの不安を拭えなかった昨年に比べて、少しばかり余裕がある。とは言っても半分は開き直りというかカラ元気を張ってるだけなのだが、それでもそれをするだけの心の余裕はできた。こんなバカなエログも書けてるし。

 でも、ここまで立ち直れたのも妻のおかげである。感謝の言葉
しかない。改めて夫婦という関係を考えさせられた一年でもあった。

 そのように夫婦の関係もちょっぴり深まったはずなんだけど、近頃二人の会話、言葉数が以前に比べて少なくなってきていたことに気がついた。

 会話自体が少なくなったのではなく、あくまで会話の中のフレーズ数の減少だけど。
 一方がボソボソっとひとこと言った後、しばらくして全く関係のないような言葉を相手が発する。その繰り返し。

 少しわかりにくいと思うので、昨日の妻との会話を例に。
 @私「やっぱ、年末になると寒くなるなあ」

 A少し間が空いて妻「写真できた?」
 B私「それより、あれ買わなきゃ」
 C妻「えっ止めたんだ、買うの。」


 この会話、@とAの間で、二人とも昨年末の寒波が来たとき、年末の30日に正月の準備も放っておいて急遽家族でスキーに行ったことを思い出したんです。そして、そのときに撮った写真の焼き増しをまだしていないことも。
 また、BとCの裏には、車のスキーキャリアが壊れたんだけど、車を買い換えるつもりだったので直してなく、それに妻にはまだ話してなかったけど、今の車をもう2年乗ることにしたところだったということがあったんです。
 ということで、買うのは「キャリア」で、買うのを止めたのは「車」なんです。


 そんなだから他人が聞いたらトンチンカンな話だけど当の二人には十分会話が成り立ってるんです。いつもそんな感じで、会話のなかで、とんでもなく途中が省かれていることが多い。二人で穴埋め問題をやってるような感じです。
 つまり、途中言葉には出さないけど、二人で同じことを連想して、その答え合わせをしてるのが、私たちの会話。だから、発する言葉の数も極端に少ない。

 耳の遠い老夫婦がとんちんかんな会話をしながらもうまく話が続いてるなんていうことを見聞きするたびに、今までならあの二人ぼけちゃってるのかななんて思ってんだけど、案外そうではなくって私たちと同じ感じなんだろうかなあなんて思うようになったこの頃です。


PS:穴埋め問題なんて意味深なタイトルを付けたんだけどエッチな話じゃなくて、すみません。
 でも、こんな穴埋め問題のような会話ができるようになったのも、あちらの方の穴埋め問題もキチンと解いてきたおかげかも知れないなんて思ったりもしています。


 いずれにしても、皆さん、良いお年を。
posted by SUGIO at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

まじめな話、照れるので下手な英語で。

My wife and I loved each other, and married.
And she entrusted the life to me.


My wife has the teacher's license.
She liked to teach the children.


But, she was not able to keep working as a teacher
because we were a transfer family (tenkin-zoku) .
We had to move to a strange place.

Therefore, I thought that I had an obligation to make

my wife happy.

Love, conversation, sex, money, and of course children.
I think still so.


I cannot say such a serious thing in Japanese, and so I'm

writing by poor English.

posted by SUGIO at 23:57| Comment(6) | TrackBack(0) | まじめな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

壁紙に妻の美尻

ここ一番
  勝負の日には壁紙に
 妻の美尻を
  出し置く安心
 

 



 妻のいろいろな写真を携帯に入れています。でも、これは会社で一人Hしようというのでもないし、みんなに見せるためでもありません。

 だって、残念ながら見せびらかすほど、若くはないし、オッパイも少し垂れてるし、オマ○コの花びらも歴戦の結果、端っこの方がちょっと枯れかけて茶色っぽくなってきているし。(内側はピンクですヨ。お尻も今だに張りがあって垂れてもないので自慢できますが・・・。)
 それより何より、家に帰れば本物があるんだから、今更写真では興奮しないし。

 では、どうして持っているかですけど、一言で言って安心感というか頑張るぞッていうか。たとえば仕事がうまくいかないとき、それを見て頑張る気持ちになるとか。また難しい仕事の前に、やるぞっ!と言う、そんな感じです。昔の軍人が愛する人の陰毛を持って戦場に行ったみたいなものかな。


 だから、どんなときにどの写真を見るかも大体決まっていて、ここ一年以上ほとんど入れ替えてないんです。

 やる気がでないときには、マングリポーズの妻、「がんばってネ」と言っているようです。
 失敗して落ち込んでいるときは、僕を咥えた妻の横顔、口元から白い液が垂れています。

 一気に波に乗ってやっつけたいときは、大きく腫れて剥けたクリちゃん。

 なにより、ここ一発の勝負の時にはなんと言っても大きく美しいお尻です。Tバックをはいている写真なので、オマ○コも、菊の御門も写ってはないんだけど、難しいプレゼンや交渉の時にはいつもこの画面をだしたままポケットの中に入れ、くじけそうになると途中ズボンの上から携帯を握って気を奮い立たせます。(決して、あそこを奮い立たせるためでは、ないんですヨ)

 このおかげでどれくらいの仕事がうまくいったかわからないくらい。ひょっとしたら、この写真がなかったら全滅だったかもしれません。それくらい私には効果があると思ってるんです。
 

 でも、時々画面をそのままにして忘れちゃって、次にあけたときに、ドドッと妻の大きなお尻やクリちゃんが出てきたりすると、思わずあたりを見回してしまいます。(笑)

 だから、今度携帯を機種変するときは、画面が狭視野角に切り替わるやつにしようと思っています。

 だけども、一番の悩みは、普段は何をしてもいやがらない妻が、これだけはいやがっているみたいだということです。
 私も、ひょっと落ちしたときのことを考えて、画面には暗証コードでロックは掛けているし、写真も顔はわからないように工夫しています。私にとってこれは、勝負に勝つためのカンフル剤でもあるし、なにより心の安定剤でもあるんです。


 自分を含めて男なんて、結構息巻いていても、所詮弱い動物だと思います。だから私と同じようなことをしている方も、本当は多いんじゃないかと思うのですが・・・。



 妻もわかってはいてくれている様な気もするんだけど、どうしてもいやなのであればやっぱりやめようかとも思うし、ちょっと悩んでます。みなさん、特に女性の方のご意見をいただけませんでしょうか?よろしくお願いします。

posted by SUGIO at 23:40| Comment(8) | TrackBack(0) | まじめな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

切なる思い(歌ではありません)

 できるだけ正直に、また素直に書き記しておきたいと思い始めたこのブログ。読んでみると少し直情的な歌が多い。
 それはそれで自然の発露として感じていることなので、悪いことではないんだけど、もう少し内面的なものも書いておきたいとも思う。
 個人的には、情緒に走るのは好みではないので、今までもノートにメモっただけでボツにしている歌も多い。でもそれらを読み返して少しづつアップしたい。


 妻と出会って、はや15年。思い焦がれる恋心も、熱く燃えるような情熱も過ぎ去ってしまったけれども、(妻が裸でお風呂から出てきても、パンティ一枚でヨガやストレッチを始めても欲情することはなくなりました。まぁ、横になって足を頭の上につける一人マングリの時にいだずらでパンティをくるんと剥いて、秘壷を鑑賞したりはしてますが・・・)

 また、今まで様々なこともあったけれども、その分逆にお互いの信頼感や思いやりの心が高まっていることは確かです。(「いたわり」ではなく「いたぶりプレイ」はしますが・・)


 思いやり信頼しあって初めて良いセックスができるし、またお互いにすべてをゆだねまかせて、さらけだしたセックスすることで、信頼関係が深まることも確かだと思います。

 セックスは肉体関係だと言いますが、15年もパートナーでいるとそうではありません。お互い血の繋がりのない二人が、肉をぶつけ、襞を交え、体液にまみれることで心を通い合わせる心の旅のようなものです。

 そんな記録を残しておきたいというのが、今の私の切なる思いです。

posted by SUGIO at 22:04| Comment(2) | TrackBack(0) | まじめな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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